今、ヴィトゲンシュタインという人に関する本を読んでいます。人がものごとを考えるときの方法と、言葉の関連について考えた人だそうです。
「フランスの国王は賢明である。」、さて、この文章が述べていることは正しいか否か。ごくあたりまえの問いのようですが、一つ問題があります。そう、フランスには王様がいないのです。では、この文章は、それのみで誤りと言えるか(言って良いのか)。
「○○は賢明だ。」という文章は、○○が本当に賢明なら正しく、賢明でなければ誤りです。では、○○が存在しないとき、これは正しいのか、誤りなのか。
19世紀のMeinongという哲学者は、あることが実在するか否かにかかわらず、宇宙は考え得る、または語りうることの全てを含むと考えて良く、その一部が実在するのだと考えていたそうです。
これはとんでもない話のようですが、妖精物語とか、騎士の竜退治(ドラゴンクエスト?)とか、シェイクスピアとか、フィクションって何なのか、架空の話だから、あれは無いのだ、でいいのかということにもつながると思います。
さて、何かどうでもいい話のように思われるかも知れませんが、この問題を真剣に考えたのが、20世紀初めの数学者・哲学者、バートランド・ラッセルだそうです。
彼によれば、「フランスの王様は賢明である。」という文章は、(1)「フランスには王様がいる」、(2)「フランスにいる王様はただ一人である(原文はthe king)」、(3)「どんなふうにであれ、そのフランスの王は賢明である」、ということが全て満たされているのだということを、短くまとめて述べた文章であると判断すべきだというのです。この場合、(1)は誤りですから、この文章自体が誤りということになる、ということだそうです。
実はこのあたりまでしか読んでいないので、まだヴィトゲンシュタインが出てきてない(おいおい)のですが・・・。翻訳原稿の解釈に悩むことも多い毎日、この先どうなるのか、少し期待しています。
スタッフ ダイコン
◆ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします!