初心忘るべからず
皆さま、新年おめでとうございます。
旧年中は本ブログへのご訪問、ありがとうございました。
本年もご愛読の程、よろしくお願いいたします。
さて、一年の計は元旦にあり、ということで、今年の目標をお立てになった方も多いかと思います。
私もいくつか立てました。もういい歳なんだから、三日坊主なんて情けないことは無しにしたいと強く思っています。
この2月でトランスワードに入社して丸3年となります。
翻訳教室の生徒時代が長かったので、もうずいぶん昔からいるように思われているのですが、実はまだ3年です。
石の上にも3年といいますが、結構まじめに働いたので(誰も言ってくれないので自分で言ってます)、仕事に慣れたつもりになり、なんだか中だるみかも、という状況も出始めた今日この頃、初心に帰って気を引き締めてがんばる所存です。
この「初心忘るべからず」とは言わずと知れた世阿弥の言葉ですが、誤用かどうかはおくとして、いくつか別の意味で使われています。
よく、入学式や入社式などで「皆さんは、新しい気持ちで今、この場にいると思いますが、初心忘るべからず、この気持ちを持ち続けてこれからも努力していってください。」とお祝いの言葉が述べられるのを聞いたことがあると思います。
ここでの初心は、新しい段階に臨む際の決意、意気込みというような意味で使われています。
ところが、世阿弥が「花鏡」や「風姿花伝」で説いた「初心」はこれとは少し違うようなのです。
では、世阿弥の言う「初心」とは何か。
世阿弥の言う「初心」は「初心者マーク」の「初心」ではないかと思います。(まちがっていたらごめんなさい。)
一応、免許は取ったものの、自分で運転するという新しい技能を十分マスターできない状況で、失敗してはうろうろ、まごまご、不安と緊張で一杯の、未熟な、あの、懐かしいような不快なような心の状態のことです。
7歳ぐらいで能を始め、少しずつ芸を修得して深めていく間には、さまざまな段階があります。その段階ごとにマスターすべき新しい技があり、未熟さ=「初心」があるわけです。
「その時々の初心」というのがこれです。
だから、私だって歳をとってもチャレンジしている間は「初心」状態が何度も訪れるということです。少し慣れたからといって、不安と緊張を忘れてはいけないのです。
事務所の窓際の席で、窓側を向いて仕事をしていたとき、後ろを振り向いてみんなの顔を見るのが怖かった頃。シーンと静まり返った事務所で、隣の席の人に質問するのさえ憚られ、途方に暮れた時のこと。いつも親切に教えてくれた先輩スタッフの仕事を手伝ったつもりで、不注意からデータを消してしまい、かえって仕事を増やして、あまりのふがいなさに涙がこぼれた時のこと。今日はどんな仕事だろうと、毎朝とてもわくわくしていたあの頃。
今ではすべてが当たり前のような顔をしていても、ほんの3年前はこうだったのですね。
最近の自分の心のありようを深く反省し、年の初めに新しい気持ちで仕事や、おおげさですが、人生に向かおうと思います。
Staff モモ